『三俣義行書簡案』筆者蔵
前回の『金原宗豊書簡案』に続いて、印可傳授に對する礼状です。
一筆啓上仕り候.寒冷の節益御勇健御座成させらるへく恐賀し奉り候.
定型詞。
此度御流儀御印可御傳授成し下され.右御巻物拜受仕り過分至極に存し奉り候.
無邊無極流の印可を傳授して下され、巻物も受け取りました、と。「過分至極に」と聞けば、現代では何か過剰なまでの表現と見えますが、当時としてはよく使われる表現にて、別段そこまで感謝感激しているわけではないと思います。
右御禮申し上くへく為愚札を捧け候.恐惶謹言.
これは前に同じい。
十一月朔日.三俣惣之進義行.
一連の流れから、天明二年と推定されます。三俣氏は「印可起請文」を差し出した人。
嘉兵衛様.人々御中へ参らす.
前に同じく山本久忠。金原宗豐が「山 嘉兵衛様」と書いたのに対して、さらに畧式の「嘉兵衛様」です。公儀の御旗本に対して一家中の士が、苗字を省いても良かったのでしょうか?この辺の書札礼は未調査です。