正月近況

1.6
過般サイトに安井息軒の書簡を掲げました.
此の書簡は武藝と無縁に非ず.書中に酒井要人の名有り.要人は文久二年鎗術熟練を以て 公儀に召し抱えられた武藝者です.

要人は書中に外國奉行へ人材を紹介する者として登場します.全文はサイトに掲げました.


『息軒安井衡書簡:大島立輔宛』筆者蔵

(成)丈は朝四時前後迄には酒井迄御出可成候.竹本は下谷三味線堀住居の由御座候得は.直に酒井御同道致筈に候.此人晝後は多用御座候故.四時前後迄に御出無御座候ては.先方不都合御座候.此段御心得被成度候.竹本持高弐千石.當時役料相加三千石の由.手當は役人兼帯候得は.弐人扶持に金七両に可有之酒井申候.酒井宅は神田御門前御厩脇剣槍指南と御尋成候得は.早速相分申候.此段御案内申上度.早々頓首.


江戸切絵図中に酒井邸の名無し.家蔵の本に名有り.則ち図に註す.
馬場の位置から推して.厩は酒井邸の側に在ったのでしょう.

1.3 謹賀新年
此頃漢文三昧.作文に取り組んでいます.
読む丈けでなく自ら作る.第三者の立場から当事者の立場へ移ることによって.得られる何かは変るようです.
しかし.得れば得るほど分らないこともまた増えていくように感じられ.一年や二年を費やしたくらいでは到底解決できそうもないと雀躍しております.

それはそれとして新年始めの漢文は野間柳谷の書です.


『題各賦近體數章:柳谷野間成大筆』筆者蔵

長以主人其姓中嶋茶屋其所居之舊號也以縫染色世仕 幕下其亡父亦隠市陰而飄々者也與不佞為忘年之交年所以故復與主人交友久矣一日招余泊男允迪於武之寓館整宇竹洞狛庸後先而至坐而后飣餖秋暑退午簾清海雲飛暮潮平雲石横怪松聳見蓑荷而思古賦顧南燭而感唐詩日已欲曛各賦近體數章於是叙其事實而題諸軸末 柳谷書


長以主人.其の姓中嶋.茶屋は其の居る所の舊號也.縫染色を以て世 幕下に仕ふ.其の亡父も亦た市陰に隠れて.而して飄々たる者也.不佞と忘年の交年を為す.故に主人と交友を復すること久しき所以なり.
一日余を招き男允迪の武[武蔵国]の寓館に泊る.整宇[林信篤]竹洞[人見節]狛庸[狛高庸]後先して坐に至り.而して后に飣餖す.
秋暑午簾を退き.清海雲飛暮れんとす.潮平らか雲石横たふ.怪松聳へ.蓑荷を見て古賦に思ひ.南燭を顧みて唐詩に感す.日已に曛れんと欲し.各近體數章を賦す.是に於て其の事實を叙して.而して諸れを軸末に題す.柳谷書す.


以前に取り上げた『耕雲雅會詩序』と同じく.本體たる詩に附された文です.これは軸末に題すとあり.跋に相当したものでしょう.然るに少なくとも江戸時代には本體から切り離され.単體として軸装されたように見受けられます.

文の大意は.中嶋茶屋の子允迪の居館に於て宴あり.中嶋茶屋と舊交のあった筆者柳谷は招かれて行く.そこには大儒林信篤をはじめ人見節・狛高庸といった学者も出席していて.各々館より見える景色に感じて詩を賦す.以て柳谷この詩の為にこの場面を文に書いたという訣です.

整宇=林信篤を定かとは申せませんが.仮りにそうだとすれば.この書は寛文末から延宝年の間に書かれたと考えられます.