十一月近況

11.7
どのような字を書きたいのか,
字を習うならば,師に就き,指導に従い,基礎より入るべきところ,は師無く,好むところに従っております,
本日は明治時代の画家の葉書を臨書しました,たまには拙筆を 高覽に,日頃の励みにもなります故に,


『拙筆』

習字を初めて,小筆の方を二三度しか使っておらず,どうも加減すること難しく,然れども辛うじて文字の躰を成しているのは,過般購う所の小筆の御蔭です,
(一文字目の「拜」字は虫食いのため少し欠け,あと一二文字間違えました,そして実物はもっと線太く雄健です)

小筆は1/3下して使う,と聞きその通りにしておりますけれども,習字を終えて洗うとき,少し水に付けては墨を落すという一連の工程によって,1/3以上に筆が捌けてきます,これは一体どうすれば良いのか,


素人ははじめからむずかしい書に習ってはいけない,下手な書から習うべきだ,といったことが以前読んだ江戸時代の本に書かれておりました(これは庶民向けの書道入門書だったと思います),
これはの如き菲才の者には合點の行くことです,たしかに拙劣な書ほど臨書しやすく,徐々に技法を得られ,興味を減じにくいのです,一方当初から支那の名蹟を手本にするとどうなるか,百文字千文字臨書しようとも,一文字どころか一点一画とて満足に書けるものではなく,筆を折りたくなるほどの挫折感に苛まれます,
人の性分や目指すところによって,習字の考え方は変わるでしょう,はどうも下手な書から習う方が性分に合っているようです,

 譬へば,高きに登るに卑きよりし,遠きに至るに近きよりするが如く,