国友一貫斎の手紙(二)、天地論


『国友一貫斎書簡』個人蔵

天地と云は世界を差て云には有間敷
陽は登るもの故天と云陰はしつむもの故
地と云歟世界と天との違は大海へけし
粒壱つ落し候よりも違多く日月は天の性
陽のこりかたまりたる火の玉則日也
月は天の性陰のこりかたまりたる氷のごとく
則月也日月とも天の御魂にて性也性は
陰陽合体の処也陽は形ちなし形ち
有ものは萬物陰と承候処陰陽とも
萬物に形ち無ものは壱つも無御座
形ちなきものは性斗也は天の御魂にて
火也目前丸く御形ち窺申候天は上下
立横無御座丸き器なる故日も
丸き形ちにて一天に満ちてらし給ふは
其性也御魂は形ち丸く窺候得とも
性斗は形ち無之候又世界にて火を燈し
候も丸き器の中に燈し候時は火の大小は甚
し也相應の形ち大きくも小さくもとぼし
申候火の性は其器に満ち申候又天と云も
上え斗で非す天に蘭人月星は世界
と云もヶなり歟の内には雪七分通り
有其内に山〃谷〃種〃相訣り又雪の
無之処に少しうるみ有之其内に星の
ごとく光り候処有之是は湖水ヶ海ヶ平地に
無雪処ヶ其内の山ヶ嶌ヶと思ひ星にも
土星は中に玉有其玉に輪をかけ玉のぐるり
黒く木星は筋三筋有之金星
三ヶ月の通り日請次第に月同様にかけ
まし出来日を見て世界と可思同理
有之雪の中に山〃数〃有之深きくぼみ
有之又高き処有白き事雪に少しも
違無之体に見へ漸今考當り是は
陰のこりかたまり氷のごとくに相成其かたまり
たる丸きもの自然のものなれは細工に仕立候様
には有間敷色〃たくぼく有之高き処は
日を請ひきゝ処はかげに成黒く見え又うる
み有処は氷にもうるみ有る処も同是愚考に
違有間敷此世界の陰月前迄兆届くものに
には世界にてふる雨雪等は近き処と存
陰のこりかたまり氷に成たる御魂に相
違有間敷日に向えはあたゝかし月に
向えはひゆるは日月の陰陽の性也日は陽の
こりかたまりたる御魂也尤火の玉也日の
           うすき
内に黒点種〃有之は火の薄き処也扨又
愚意の考にて製作の目鏡にて
三光窺候時其御魂に有之業毎く
明らかに窺申候又鳥類畜類にても
肝を見るに細工に磨たる玉の様には無之
聊の高びく[低]くぼみ又色替りたる処も有之
人間の肝は未見候得とも同様たるべしと
存候人間の魂迚も形ちは有之性の付添
有故善し悪し相訣れもの也魂も五体も
命は限り有之候得共其魂に付添たる
魂の性はくちる事なく此天の内に有天に上
下無ものと申は地球は一日に一とまわり本然
かと存しまわり申候我居処より上を天と
たる見きわめ居候時天は一刻にて夫■の
      よこ
違出来申候立横八方聊にてもすき有
処は皆天也

一 天神地神の事
一 命限り有事
一 仙人の事
一 里の木齢短事
一 奥山の木齢長き事
一 善悪共魂神集事
一 刀釼製作の義は愚意にてはつき
  とめ候心地仕候細工并業等の事は無理と
  一旦思ひ候とも深く考候時は其得
  理事必定也

   御笑草に御覧奉願上候以上

            眠龍思


「眠龍」とは国友一貫斎のこと。この手紙は、一貫斎と交流があった播磨姫路藩の炮術師役に送られました。おそらく別帋の扱いで同封されていたものでしょう。炮術師役は、殿様の使用する筒製作に関わる「御手筒懸り」を勤めており、又「御氣炮早打御筒」「御召筒」、両度の件を担当し一貫斎と面識がありました。天保7-9年に接触があったと推定しています。
天保9年「御召筒」の件は確実です。炮術師役の日記に、一貫斎が姫路に滞在し炮術師役と交渉していたことが記録されています。
「御氣炮早打御筒」の件は、一貫斎の手紙が現存しており、これによって「御氣炮早打御筒」執り成しの交渉が確認できます。但し年紀は天保7,8年、どちらか極められていません。

さて、こゝに掲げた手紙は「天地」について語られています。「天地と云は世界を差て云には有間敷」という書き出し、「立横八方聊にてもすき有処は皆天也」という締めからすると、炮術師役から「天地」について質問を受けたものと察せられます。在り来りな「天地」論ではなく、一貫斎が天体観測の経験によって得た知識を惜しげも無く披露し、太陽・月・土星・木星・金星・太陽黒点の話しを以て「天地」を語ります。当時としては余程目新しい話だったのではないかと思います。
認められた年紀は、先述のごとく両者が接触した天保7-9年の頃でしょう。太陽黒点の観察結果「内に黒点種〃有之は火の薄き処也」の記述がその推測を裏付けているように思います。一貫斎、時に59-61歳。

 〇日月・陰陽のこと
天地と云うは世界を指して云うには有るまじく、陽は登るものゆえ天と云い、陰は沈むものゆえ地と云うか。世界と天との違いは、大海へけし粒一つ落すよりも違い多く、日月は天の性、陽の凝りかたまりたる火の玉すなわち日なり、月は天の性、陰の凝りかたまりたる氷のごとくすなわち月なり。日月とも天の御魂にて性なり。性は陰陽合体のところなり。陽は形無し、形有るものは萬物陰と承るところ、陰陽とも萬物に形無きものは一つも無く、形無きものは性ばかりなり。

 〇日のこと
日は天の御魂にて、火なり。目前に丸く御形を窺う。天は上下縦横無く、丸き器なるゆえ、日も丸き形にて一天に満ち照らし給ふはその性なり。御魂は形丸く窺へども、性ばかりは形無く、また世界にて火を燈すも丸き器の中に燈す時は、火の大小は甚だしい。相応の形大きくも小さくも燈す。火の性は、その器に満ち、また天と云うも上へばかりであらず、天に蘭人、月星は世界と云うも可なりか。

 〇月のこと
月の内には雪七分通り有り、その内に山々谷々が種々相分れ、また雪のこれ無きところに少しうるみこれ有り、その内に星のごとく光るところこれ有り、これは湖水か海か、平地に雪無きところか、その内の山か島かと思ひ星にも。


『一貫斎国友藤兵衛伝』有馬成甫著:第三〇圖

 〇土星・木星・金星のこと
土星は中に玉有り、その玉に輪をかけ玉のぐるり黒く、木星は筋三筋これ有り、金星は三ヶ月の通り日を請け次第に月同様に欠け増し出来、日を見て世界と思うべき同理これ有り。
雪の中に山々数々これ有り、深きくぼみこれ有り、また高きところ有り、白きこと雪に少しも違いこれ無きように見へ漸く今考え当り、これは陰の凝りかたまり氷のごとくに成り、そのかたまりたる丸きもの自然のものなれば細工に仕立てた様には有るまじく、色々たくぼくこれ有り、高きところは日を請け低いところは陰に成り、黒く見へ、またウルミ有るところは氷にもウルミ有るところも同じ。これ愚考に違い有るまじく、この世界の陰、月前まで兆し届くものには世界にて降る雨雪などは近きところと存じ、陰の凝りかたまり氷に成りたる御魂に相違有るまじく、日に向へばあたゝかし、月に向へば冷ゆるは日月の陰陽の性なり。

 〇人間の魂のこと
鳥類畜類にても、肝を見るに細工に磨きたる玉の様にはこれ無く、いさゝかの高低窪み、また色替りたるところも有り。人間の肝は未だ見ざれども同様たるべしと存ず。人間の魂迚も形は有り、性の付添い有るゆえ善し悪し分れるものなり。魂も五体も命は限り有れども、その魂に付添いたる魂の性は朽ちる事なく、この天の内に有り。

 〇天地のこと
天に上下無ものというのは、地球は一日に一とまわり本然かと存じまわる。我居る所より上を天たると見きわめ居る時、天は一刻にてそれ■の違い出来る。縦横八方、いさゝかにてもすきある所は皆天なり。



『国友一貫斎書簡』部分 個人蔵

三光窺候時其御魂に有之業毎く
明らかに窺申候又■■玄田■にても
肝を見るに細工に磨たる玉の様には無之
聊の高びくくぼみ又色替りたる処も有之


この記事を書き終えるまで「玄田」前後が読めませんでした。「玄」が一文字のごとく認識できた為、正解が分らなかったのです。次の文に「人間の肝は未見候得とも同様たるべし」と云いますから、この読めない部分には定めし動物のことが書かれているはず、と推測し「歌・部・都・類」とも見えた字を絞り込み「鳥類玄田類」と読んでみました。すると、「玄田」は一文字ではなく「畜」なのだと気付き、ようやく正解に至りました。はじめの思い込みが障りとなる、史料を読んでいると度々そういうことがあります。

参考資料
『一貫斎国友藤兵衛伝』有馬成甫著 武蔵野書院