大島流の袋鎗






『大島流袋鎗』個人蔵

薩摩官工正路
文久元年三月


一、正路はものゝ本によれば隅州始羅郡に住した刀工にて、弘化から明治初年の作が確認されており「隅州住平正路造之」「隅州以佐多砂鋼始羅住正路鍛造之」等と銘する。
本鎗の如く「薩摩官工」と冠するものは他に確認されていません、ある時期薩摩藩の御用鍛冶を勤めていたものと考えられます。

一、鞘を払い全長275.6cm/九尺九分五厘、重量1676g。袋穂は片刃、全長24.1cm/七寸九分五厘、重量224g。柄は筍形、十六角さぐりあり。石突にも同じくさぐりが付けられています。

一、拵の仕様及び薩摩官工と云う条件から、本鎗は薩摩藩に於いて大島流を学んだ者が作らせた鎗であると考えられます。大島流が定めるところでは、素鎗の柄木を角削りする場合さぐりは付けないとされています。しかし、此の鎗に敢えてさぐりが付けられているのは、注文主が片刃を用いるための工夫であったと察せられます。

一、当初、大島流では素鎗の寸法は自由であったとされ一丈二,三尺、紀州に於いていつの頃からか一丈一尺五寸の稽古鎗を定寸とし、また派によっては一丈一尺を本寸としたり、九尺五寸の稽古鎗が遣われたと云います。