樫原改撰流の鍵鎗





『樫原改撰流鍵鎗』個人蔵

文久三年二月日藤原國正於宅二王盛之作
豫州宇和嶌藩樫原改撰流


一、樫原改撰流はその名の通り樫原流より派生した流派にて、樫原五郎左衛門俊重の門人 有馬善右衛門茂次が開いたとされ、有馬改撰流とも云われます。有馬善右衛門の家は古くから伊豫松山藩に仕え高二百石、有馬茂次は御馬廻りの格にて鎗術師役を勤めました。子孫は禄高そのまゝ者頭に昇格しています。

一、宇和島辺に「国正」と云う刀工は数名在り、そのうち文久三年の頃なれば「予州宇和島住藤原国正作」「南予宇和島住駿河守八代末藤原国正作」と銘する備前祐春門の「国正」が該当します。伊達秀宗公に召し抱えられてより八代目に至るまで同藩の御用鍛冶を勤めていました。本鎗には、「国正」の宅に於いて文久三年二月に鍛えられた由が銘に添えられています。
ところが肝心な「二王盛之」の履歴が詳らかでなく、ただ二王一派の系に列なる刀工ということしか分りません。尤も鍛えは丁寧にされており荒れたところは見当たらず、刀工の確かな技倆を裏付けるているように思います。板目肌、尖り刃を交えた乱刃を焼き、いわゆる沸出来にて刃縁の板目に沿って沸よくつく。

一、拵は「豫州宇和嶌藩樫原改撰流」の仕様です。尤も持ち主の遣い様にて流儀が定めるところの仕様と少なからず相違する点はあるでしょう。
鞘を払い、全長270.8cm/八尺九寸三分七厘、重量1920g。穂は諸鎬、全長75.6cm/二尺四寸九分五厘、重量198g、穂先10.3cm/三寸四分、目釘孔二つ。柄は筍形、鉋目や角削りなく磨き。鍵は偃月鍵と云い巾18.1cm/五寸九分七厘。石突は本心鏡智流と仕様が同じく半ばで八角に摺る、但しさぐりなし。

以上、宇和島藩に於ける樫原改撰流の鎗の仕様を記述したものゝ、誰が師役を勤めたのか、どの程度行われていたのかなどの子細な情報は分っていません。